LEIKA AUSTRALIA

永住ビザ取得体験記

ビ ジネススキル<投資ビザ編> 


 

QLD州在住、KSさん (2004年12月取得- State/Territory Spoonsored Investor (Provisional) Subclass 165) 

オーストアリア永住を決めたのは、2002年の秋でした。
妻と子供を連れての移住決意でした。

私たちが移住を考えたクイーンズランド州は、日本より一年早い1月に小学校入学です。
子供の年齢を考え、小学校入学と同時に移住しようと考えました。
そのためには、2004年の1月に移住を完了しなければなりません。

考えは決まっても、実際の行動には様々な障害があり、延び延びになってしましました。

移住は、「一度でも却下されると、再度のトライは非常に難しい」という事を聞いていました。
それに、年中変更される移住条件や交渉、英語力などもあり、最初からコンサルタントに一任するつもりでいました。

自分の永住権取得のための条件は、インターネットなどの情報からクリアーしていると思われました。

そこで最も問題になるのは、コンサルタント選びです。

そこで、ネット上からあるコンサルタントに相談してみました。
永住権取得の可能性は十分だから、入金して欲しいというものでした。

ちょうど永住権の取得条件が2003年3月1日に変更された時期の割には、断定的であり性急な感じもしたので辞退しました。

レイカさんについては、ネット上の評判などを見聞きしていましたので、メールを送ってみました。

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2003年3月5日

早速ですが、オーストラリアビザの申請についてお願いしたいと思いメール致しました。
2004年1月頃の渡豪を考えております。

会社を任せられる状態になりましたので、オーストラリアへの移住を考えています。

オーストラリア在住の家族等はおりません。

オーストラリアでは
語学を習いたい
さらに取引先を開拓したい
新しいビジネスをしたい
場合によっては、オーストラリア国内に会社を設立したい。
などの目的があります。

詳細は、履歴書を添付致しました。

送金先・必要書類などをお知らせくださいませ。

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返事は、事業主、投資家のカテゴリーで可能性はある。
しかし、移住省およびクイーンズランド州政府から、ガイドラインがまだでておらず、2003年5月末ごろ公表される取扱要領が出るまでは、今すぐの行動は できないというものでした。
内容も、すべて理がかなっており、2003年6月下旬に正式にレイカさんにお任せすることに決めました。

申請に必要な資金は別勘定のクライアント口座で管理されるなど、思った以上に明確化されていました。
また、お会いした印象もたいへん誠実そうな方で、とても安心しました。

そして、様々な書類を揃え、クイーンズランド州政府のスポンサーを取得し、特に問題もなく、2003年12月上旬にビザ申請が完了し ました。
それから待つことしばらくして、2004年12月に最終ステージである、パースビジネスセンターのケースオフィサーとの電話インタビューを経て、家族全員 の健康診断を終え、2004年12月下旬に、「クイーンズランド州政府スポンサー付投資家ビザ<State/Territry Investor (Provisional) Visa>」の取得に至りました。

ここまできて判ったことは、
すべての州政府、移住省審査は書類によって決定される。
つまり、資金も実績も、すべて書類で証明しなければならない。
ビザ申請・取得は簡単な事ではないが、定められた条件をクリアーし、信頼できるコンサルタントに依頼すれば、無理なことではないというのが、私の実感で す。

2005年1月からこのビザでクイーンズランド州で暮らしています。

 
日 本在住、KYさん(2004年3月取得 - Investment Linked Subclass 131)
 

私がレイカオーストラリアの三原さんを知ったのは、投資関連ビザ(subclass 131)の取得を目指して資料探しを始めたばか りの2002年 9月のことです。

そこからDIMIAに申請するまでの4ケ月、審査の最終ステージになってからの2ケ月。この期間を最小の時間で、かつ正確、効率的に 対応できたの は、レイカさんの豊かな業務経験、知識、専門能力のおかげだと思います。
日本と同じかそれ以上にお役所仕事のオーストラリアの移住省審査センターへ海外からビザ申請をするという作業には、日本のお役所に接する以上に冷静な判断 力と業務推進能力が不可欠なことだと思います。
その点、三原さんの抱負な知識、長年にわたり知識を積み重ねられて形成された知恵で、スムーズに審査のプロセスをクリアーすることが出来ました。

2002年9月に電子メールによる移住相談をお願いして、回答の迅速さと判断基準の明確さで、迷わずレイカさんに申請代理業務を依頼 しました。
10月に電話会議を行い、メールで審査に必要な書類の説明、取得すべき時期、留意点のアドバイスを頂きました。私の場合、米国滞在歴があるので、FBI発 行の無犯罪証明を即座に取得するようにとのことでした。この書類の取得
が遅れていたら、後述する審査基準の変更に間に合わなかったかも知れませんでした。

11月にIELTSの試験を受け、ポイントテストへの対応をしました。
その後は、学歴証明、就業証明、資産証明、投資方針のまとめなど必要なデータを逐次三原さんに送付し、修正すべきものの考査や翻訳作業も平行して実施しま した。
2003年1月に申請に必要な書類を集約するよう、三原さんから叱咤激励があり、仕事が忙しいなか、なんとかシドニーのオフィスに届けました。
それから、三原さんが実務作業に入られ、1月末にパースのDIMIAへ正式なビザ申請を完了できました。

後日、DIMIAがビジネス・スキルビザの大改正を3月1日から行うとのアナウンスを聞き、まさに1ケ月前のギリギリタイミングだっ たことが分かり ます。
改正後の審査基準では、永住権取得が保証されるものではなく、経済的・精神的な面からオーストラリアでの生活を考えると、永住そのものを見直さなければな らない事態が予想されたのでした。
タイミングセーフとはいえ、移住省の政策変化の速さに本当に驚いたものです。
公認移民書士としてのキャリア、レイカさんの総合力で大改正への事前対応を首尾よく行えたというのが事実だと思います。
大きなベネフィットをクライアントにもたらして頂いたと本当に感謝しております。

その後は、平均12月間から18月間と見込まれる審査プロセスに入ったわけですが、私自身はやるべきことはすべてやり、果報は寝て待 てぐらいの気持 ちで生活しました。
個人で審査の準備をしたり、審査するのでは、やはりメンタル面でかなりの差があるのではと思います。移住の意思決定は個人の問題ですが、実現のための手段 ははば広くかつ的確性の次元の話だと思います。
費用対効果、相性など専門職のかたとの作業は要素がいろいろあると思いますが、オーストラリアの移住省を相手にする日本人には、三原さんのようなプロが絶 好の相談相手だと思います。

私も審査のまさに最終段階で、審査官が産休で不在になるという事態に出くわしました。三原さんは時宜を間違わず、後任の審査官への注 意喚起と作業推 進を怠りませんでした。
このような詰めができるのが、信頼される専門家の仕事だと思います。

審査の最終ステージから2ケ月で、東京のオーストラリア大使館から、ビザスタンプを取得できたのです。
三原さんとは、クライアントの関連業務で日本に出張された際にお会いしました。オーストラリア生活者の大先輩として、ビジネスマンとして、有益なお話を出 来たのは、クライアントの立場以上にありがたいことでした。
事情はみな異なると思いますが、オーストラリアで自分・家族の可能性に挑戦したいと思うかたは、レイカさんにまずご相談されていかがでしょうか?
正確な一歩がどこにあるか、冷静に考えられると思います。
                              


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